こんにちは。
棚ぼた開運コンサルの理梨映です。
以前、ある女性が言っていた言葉で
印象深いものがあります。
それは、以前その人が
不機嫌を撒き散らしていた頃は、
「夫が同じ土俵に
上がってきてくれなかった」というもの。
日本の慣用句で言うなら、
「一人相撲をとっていた」という
ことなんですが…
実は、これ
私も身に覚えがあったんです。
私が、母に対してイライラしていた頃、
「母が悪い!」と私は責めていました。
でも、母はスルリと笑顔でかわして
受け止めてもくれません。
それどころか、
母を悪く言う私が
「悪い」と言われてしまう始末…
まさに、のれんに腕押し!
私の一人相撲!
で、結局私は一人で怒って、
一人で疲れて、チ〜ンです!(苦笑)
そのときの状態がどうなっていたかは
後から言語化できました。
例えるなら、
キャッチャー不在でボールを投げ続ける
ピッチャーがいる状態です。
私が「母が悪い」というボールを
ピッチャー席から投げ続けていたのに、
「私が悪い」という意識がない母は
キャッチャー席にすらいなかったなんて(苦笑)
つまり問題って、
違うレベルでは成立せず
同じレベルでしか成立しないんです。
*ーーーーーーーーーーーー*
問題というものは…
「アイツが悪い」と思ってる人と
「ワタシが悪い」と思ってる人の
相思相愛でマッチングしたもの。
つまり、
「アイツが悪い」と責めても
「ワタシが悪い」と思ってない
相手とはマッチングしないんだ。
*ーーーーーーーーーーーー*
《解説》
では、ピッチャーとキャッチャーで
同じレベルで成立した場合を例えると、
どうなるでしょうか。
ピッチャー「アナタが悪い」
キャッチャー「私が悪い」で
一方的に投げ続ける組み合わせ
ピッチャー「アナタが悪い」
キャッチャー「アナタが悪い」で
交互に投げ合ってる組み合わせ
これらはスタイルこそ違いますが、
実は大きな共通点があるんです。
それは、
「誰か悪い人がいるはず」という大前提。
つまり、
「外罰(アイツが悪い)」と
「内罰(ワタシが悪い)」って
向かうベクトルの違いはあれど、
「誰か悪い人がいるはず」という前提は
同じレベルなんです。
そのため、
私が『内罰』または『外罰』に振れても
母が『無罰』でいたので、
同じレベルでマッチングしなかったのでしょう。
そんな構造に気付いてから、
もう問題は満腹な私は
『無罰』へ意識を向けるようになりました。
すると、どうなったと思いますか?
私を一方的に責める発言をする人に対して
「ほう、そうか」とホットケしていたら…
その人が一人相撲の末に自滅の叫びをしていたんです。
「私が悪いことになってるじゃないか!」って。
なんか、この姿、見覚えあるなぁ…
あ!母を一方的に責めていた昔の私だ(苦笑)
☆☆☆
もし、「誰か悪い人がいるはず」という
前提を解除しきれない人には、
人間観察ができるコンテンツに
触れてみるのもオススメです。
特に、恋愛リアリティー番組の視聴は
参加者を多角的に捉えられるので、
誰かと誰かの間で不和が起こっても
「価値観の違いがあるだけ」で
「誰も悪くない」ってことがよく分かります。
それに、これだけ価値観が違う人がいて
こんなにも特徴が違う人が交流すれば、
各々に誤解が生じて当然って思えるんです。
そんなことが腑に落ちて
『無罰』の意識になってくると、
人間関係に残るのは
『良い・悪い』ではなく
『好き・嫌い』『合う・合わない』だけに
なっていきます。
だから、今の私は
母を悪いとは思いません。
ただ、「母のその言動は、私は嫌」
「私と母は、合わない」とは思いますよ(笑)
理梨映(オリエ)
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『水前寺成趣園』熊本県熊本市
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